【問題63のこたえ】
:東慶寺
円覚寺派。山号は松岡山。「縁切り寺」「駆け込み寺」で知られている。現在は尼寺ではない。
妻のほうからは離縁を申し出ることは許されない時代だったが、ここに駆け込みさえすれば離婚できる。

▲この階段を女性たちが駆け上がったのだろうか。
追っ手が来たり、閉門していたとしても、櫛か下駄など持ち物を聖域である門内に投げ込めば、駆け込んだとみなされ、しっかりと寺に守られる。その後は役人が対処してくれ、どこまでも女性の味方として、かなり完成されたシステムが作られていたという。

▲開山は、北条時宗の妻、覚山尼。墓は小さな五輪塔。五世は後醍醐天皇の皇女、用堂尼、徳川家康の孫娘千姫の養女であった天秀尼などの墓(卵型)がある。

▲代々の尼僧のものと思われる墓が並ぶ。
徳川家の厚い保護を受けたため、非常に寺格の高い寺となった。
そうだったからこそ、女性を守ることができたのだろう。

▲境内にはモダンな感じの松ヶ岡宝蔵があり、国指定重要文化財の木造聖観音菩薩立像ほか、様々な展示がされている。

▲駆け込んできた女性やその関係者を調べる役人がいたという寺役所。
裁判所の法廷のようなものもあったようだ。
中学生時代にこんな噂が学校内をめぐっていました。
”東慶寺に行くと縁が切れる=好きなひとにふられる”
さだまさしの『縁切寺』という曲がありまして・・。
多分噂の元はそれだったんじゃなかったかな?定かではありませんが。
メロディもなにも覚えていないので、調べてみたらこんな歌詞でした。
♪今日鎌倉へ行って来ました〜(略)
人の縁とは不思議なもので
そんな君から 別れの言葉
あれから三年 縁切寺♪
なるほどこういう歌でしたか。ろくに曲も知らないくせに、ついでに別れる相手もいなかったくせに、東慶寺には足を向けないアホ中学生でした。
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