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リストマーク 問題79 塩をなめたお地蔵さん 

2008年04月18日 ()
【問題79】
六浦の塩を鎌倉へ売る行商人たちが通る道「塩の道」であった金沢街道
そこにあった「塩嘗(なめ)地蔵」とよばれる地蔵がある寺は?

【問題79のこたえ】
光触寺(こうそくじ)

光触寺3

▲鎌倉へ塩を売りにゆく商人たちが、道端にある地蔵に塩を供えると、帰りに見るとその塩がなくなっていたことからこの名がついたといいます。
塩を持ち去った人の身代わりとなったといわれています。

光触寺5

▲本道には、「頬焼阿弥陀」と呼ばれる本尊が安置されています。
伝説では、この阿弥陀如来像を安置していた家で盗難があり、犯人と疑われた法師が罰として頬に焼き印を押されたのですが、なぜか痕がつかない。
のちに、阿弥陀像の頬に焼け痕があることがわかり、以来この名で呼ばれるようになったといいます。
焼け痕は、修理を繰り返しても消えなかったとか。
この阿弥陀様も身代わりとなったわけです。
(※これは第1回の問題で出題されました。)

光触寺2

▲乱世の時代であった鎌倉時代は、地蔵信仰が開花した時代ともいわれているそうです。
庶民の身代わりとなって危機を救ってくれたという話が多くあるのだとか。

光触寺1 光触寺4

▲右:一遍の像

光触寺:鎌倉市十二所793
  0467-22-6864
(※予約をしないと本尊は拝観することはできません。)

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[2008.04.18(Fri) 14:04] 寺社の問題トラックバック(0) | この記事へのコメント(1)
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リストマーク 問題78 力自慢の石 

2008年04月18日 ()
【問題78】
村の祭りで、力自慢が持ち上げたという重さ112キロの石がある神社は?

【問題78のこたえ】
:十二所神社(じゅうにそじんじゃ)

十二所1

▲たしかに動かすことすら難しそうな丸い石がありました。

十二所2

▲鳥居の脇に、ポツンと置かれているので、由来を知らなければ、気にもとめないでしょう。
この時は真夏だったこともあり、周囲には人の気配は全くない。昔の着物を着た子どもが鞠かなにかで遊んでいる風景が思い浮かぶような、そんな神社です。

十
 十二所とは、天神7柱、地神5柱の神を祀ったことが
 名前の由来だそうですが、このあたりの地名もこの名です。
 村の鎮守。1278年創建。
 十二所神社というのは、全国様々なところにあります。
 もともとは光触寺の境内にあったそうです。
 (光触寺については次問で。)

十二所3


◇住所:鎌倉市十二所285

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[2008.04.18(Fri) 13:02] 寺社の問題トラックバック(0) | この記事へのコメント(0)
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リストマーク 問題74 鎌倉の隠れキリシタン? 復習問題 

2007年11月26日 ()
【問題74(復習)】(第1回の検定で出題されました。)
山門に十字架を模した紋のある寺は?

【問題74のこたえ】
:光照寺

光照寺1


たしかにあった。クルス紋。
江戸時代に禁教となってからは、苛烈な弾圧を受けたキリシタン。
この紋は、鎌倉にも、そんな隠れキリシタンがいたかもしれないことを想像させる。

光照寺は時宗の寺。山号は西台山。北鎌倉駅から小袋谷方面に徒歩5分ほど。
観光の人もこちらのほうにはあまり足を向けないようで、11月の3連休でも殆ど人通りはなかった。

この山門は、元々は北鎌倉北西の大地にあったという東渓院のものだった。このお寺は、大分竹田藩藩主の中川氏の娘の菩提所として建立されたものだそうで、領地にはキリシタン大名もいた。中川氏がキリシタンと関係があったとも考えられる。

光照寺2 光照寺3

▲山門をちょっと眺めただけでは、この紋には気付かない。

光照寺6 光照寺5

▲山門左手には、咳の神様「おしゃぶき」の石の祠が。

光照寺4

▲こちらは、大町にある教恩寺。同じく時宗の寺。
北条氏康が建立したという。
頼朝が、平重衡(しげひら)に与えたという運慶作の阿弥陀如来像が本尊だが、予約をしないと拝むことはできないようだ。


※どうしてこの寺が突然登場したかという個人的な理由

第1回目検定の際、4択の1つとして出題されました。不合格という不本意な結果になった夫曰く、”キリスト教に関連のありそうな名前のような気がした” という非常にいい加減な理由で、案の定間違えたそうで。
「雪辱を果たしたい!」という思いで、確認に行ったという次第です。

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[2007.11.26(Mon) 15:14] 寺社の問題トラックバック(0) | この記事へのコメント(0)
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リストマーク 問題63 女性の味方 ☆☆☆ 

2007年06月13日 ()
【問題63】
女性の自由が極端に制限されていた江戸時代、女性が人生をやり直す緊急避難所の役割を果たしていた尼寺は?

【問題63のこたえ】
:東慶寺

東慶寺2

円覚寺派。山号は松岡山。「縁切り寺」「駆け込み寺」で知られている。現在は尼寺ではない。
妻のほうからは離縁を申し出ることは許されない時代だったが、ここに駆け込みさえすれば離婚できる。

東慶寺1

▲この階段を女性たちが駆け上がったのだろうか。
追っ手が来たり、閉門していたとしても、櫛か下駄など持ち物を聖域である門内に投げ込めば、駆け込んだとみなされ、しっかりと寺に守られる。その後は役人が対処してくれ、どこまでも女性の味方として、かなり完成されたシステムが作られていたという。

東慶寺7 東慶寺5

▲開山は、北条時宗の妻、覚山尼。墓は小さな五輪塔。五世は後醍醐天皇の皇女、用堂尼、徳川家康の孫娘千姫の養女であった天秀尼などの墓(卵型)がある。

東慶寺6

▲代々の尼僧のものと思われる墓が並ぶ。

徳川家の厚い保護を受けたため、非常に寺格の高い寺となった。
そうだったからこそ、女性を守ることができたのだろう。

東慶寺3 東慶寺4

▲境内にはモダンな感じの松ヶ岡宝蔵があり、国指定重要文化財の木造聖観音菩薩立像ほか、様々な展示がされている。

東慶寺8

▲駆け込んできた女性やその関係者を調べる役人がいたという寺役所。
裁判所の法廷のようなものもあったようだ。

中学生時代にこんな噂が学校内をめぐっていました。
  ”東慶寺に行くと縁が切れる=好きなひとにふられる”

さだまさしの『縁切寺』という曲がありまして・・。
多分噂の元はそれだったんじゃなかったかな?定かではありませんが。
メロディもなにも覚えていないので、調べてみたらこんな歌詞でした。

♪今日鎌倉へ行って来ました〜(略)
  人の縁とは不思議なもので
    そんな君から 別れの言葉
    あれから三年 縁切寺♪

なるほどこういう歌でしたか。ろくに曲も知らないくせに、ついでに別れる相手もいなかったくせに、東慶寺には足を向けないアホ中学生でした。

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[2007.06.13(Wed) 18:57] 寺社の問題トラックバック(0) | この記事へのコメント(0)
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リストマーク 問題60 鎌倉の苔寺 

2007年06月08日 ()
【問題60】
日蓮が安房の国から鎌倉へ入り草庵を結んだ場所のひとつで、鎌倉の苔寺とよばれる寺は?

【問題60のこたえ】
:妙法寺(大町)

妙法寺1

▲石段の苔の緑が鮮やかな5月。

「法華経こそ唯一で真の経典だ!」と激しく他宗を非難し続けた日蓮に対して、北条家は禅宗を信じていた。日蓮がここに開いた草庵は、彼に反発する僧侶や武士たちにより焼き討ちにあってしまう。これが「松葉ヶ谷の法難」である。一般の人々を含め、相当数の暴徒が夜中に草庵を襲ったという。
しかし、白い猿が導いたなどという伝説もあるが、日蓮は難を逃れた。

関連問題:問題46 鎌倉の寺
問題27 鎌倉仏教1


その後ここに本国寺を建てた。日蓮宗最初の寺院ともいわれている。

妙法寺6

しかし、この本国寺が京都へ移築されたため、護良親王の遺児である日叡が1357年に伽藍などを修復し、寺院を再興したのが、妙法寺となる。

妙法寺7

▲日叡が植えたという大ソテツ

妙法寺5

▲護良親王の墓

妙法寺3

▲護良親王の墓からのぞむ鎌倉市内

妙法寺2

▲細川家が寄進したという本堂。
江戸時代には、大名や江戸城大奥の女人の信仰を集めていたという。

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[2007.06.08(Fri) 12:46] 寺社の問題トラックバック(0) | この記事へのコメント(0)
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リストマーク 問題57 夢のお告げ2 

2007年06月05日 ()
【問題57】
源頼朝の夢枕に立ち、「西北に谷があり、そこの泉を汲んで祈れば国内は平穏になる」と告げたとされる神が祀られている神社は?

【問題57のこたえ】
:銭洗弁財天宇賀福神社

銭洗い2

あまりに有名なので、ご存知の方が多いと思うが、
奥に湧き出ている泉で、お金を洗う。
特に巳の日がよいとされている。

1185年の巳の日に、頼朝の夢に宇賀福神が立ち、お告げをした。頼朝はお告げどおり、隠れ里を探させ泉を見つけた。
岩窟を掘って宇賀福神社を祀ったとされる。
そして、この泉を館に運んで神仏に供えたところ、国内に平穏が戻り人々も富み栄えたとも伝えられている。

銭洗い


銭を洗うという風習が定着したのは、もう少し先のようだ。

1257年に、五代執権・北条時頼が「貨幣を洗い清め、己の心身を清め行いを慎めば福銭になる」といったところ、お宝がなくなったりせず、使い果たすこともない、という噂が広まり、多くの参詣者でにぎわうようになったとか。

湧き水は、鎌倉の「五名水」のひとつ。

もちろん、いつも財布が寒い私としては、お正月には欠かさずお参りしております。とはいえ、己の心身の清め方が足りないのでしょう。劇的なことは起きません。しかし、一昨年だったか、たまたまお正月休み中に初巳の日があたり、運よく巳の日にお参りすることができました。
すると、なんとその年臨時収入が!!
これは絶対に、ご利益以外の何ものでもないと信じて疑いません。

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[2007.06.05(Tue) 17:03] 寺社の問題トラックバック(0) | この記事へのコメント(0)
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