【問題74のこたえ】
:光照寺
たしかにあった。クルス紋。
江戸時代に禁教となってからは、苛烈な弾圧を受けたキリシタン。
この紋は、鎌倉にも、そんな隠れキリシタンがいたかもしれないことを想像させる。
光照寺は時宗の寺。山号は西台山。北鎌倉駅から小袋谷方面に徒歩5分ほど。
観光の人もこちらのほうにはあまり足を向けないようで、11月の3連休でも殆ど人通りはなかった。
この山門は、元々は北鎌倉北西の大地にあったという東渓院のものだった。このお寺は、大分竹田藩藩主の中川氏の娘の菩提所として建立されたものだそうで、領地にはキリシタン大名もいた。中川氏がキリシタンと関係があったとも考えられる。

▲山門をちょっと眺めただけでは、この紋には気付かない。

▲山門左手には、咳の神様「おしゃぶき」の石の祠が。

▲こちらは、大町にある教恩寺。同じく時宗の寺。
北条氏康が建立したという。
頼朝が、平重衡(しげひら)に与えたという運慶作の阿弥陀如来像が本尊だが、予約をしないと拝むことはできないようだ。
※どうしてこの寺が突然登場したかという個人的な理由
第1回目検定の際、4択の1つとして出題されました。不合格という不本意な結果になった夫曰く、”キリスト教に関連のありそうな名前のような気がした” という非常にいい加減な理由で、案の定間違えたそうで。
「雪辱を果たしたい!」という思いで、確認に行ったという次第です。
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鎌倉検定の合格祈願に行こうかなと考えています。